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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(オ)411号 判決

上告人

ツムラ株式会社

右代表者

津村武雄

右訴訟代理人

中村忠行

被上告人

中泉行雄

被上告人

協同通商株式会社

右代表者代表清算人

中泉行雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中村忠行の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人が被上告人会社に売却した上告人製造の本件ゴルフ用手袋の売買代金債権については、右手袋の製造がいわゆる第一次産業ないし原始産業に属するものではなく、また、被上告人会社が商行為として右手袋を買い受けていても、民法一七三条一号の適用があり、消滅時効が完成したとして上告人の請求を棄却した原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(谷口正孝 藤﨑萬里 中村治朗 和田誠一 角田禮次郎)

上告代理人中村忠行の上告理由

原判決には法令の違反がある。

一、原判決は「民法一七三条一号の生産者卸売商人、および小売商人の行う類型的な産物や商品の流通性にかんがみその売買による代金決済が一般の経済取引の実情に照らして早期迅速に処理されることにもとづき、その代金債権について特に二年の短期消滅時効を規定したものと解するのが相当であるから同条、号の生産者をいわゆる第一次産業ないし原始産業における生産者だけに制限解釈すべきではない」として上告人の主張を排斥した。

要するに原判決は上告人の営業の一部である手袋製造業務は民法一七三条一号にいう「生産者」に該当するというのであるが、右にいう生産者とは一般に「天然力、人力、機械力、何レカヲ利用スルヲ問ハス」物を産出する者を意味すると解せられているところ、製造と生産即ち物の産出とは自ら異なるのであつて、手袋製造をして、右にいう生産者であるとするのは相当でない。このことは同条に「生産者」なる語が新たに付け加えられた際、民法起草者は「生産者」としてもつぱら「百姓」を考えていたという立法経過や「製造」については同条二号に「製造人」なる語がおかれていることにかんがみても明らかなところである。

してみれば右にいう生産者とは百姓等の原始産業を意味するというべく、手袋製造のごとき第二次産業はそこには含まれないと解すべきである。

二、また、原判決は上告人が被上告人から個別的な製造注文があつて作成納入したものであれば民法一七三条一号の規定の適用はないとするごとくであるも短期消滅時効が規定された大きな理由である証拠保全の困難性はむしろ右のような個別的な注文製造を業とする小規模企業形態に多くみられるし、従つて原判決の説示するごとき代金決済の迅速処理は右のような小規模事業においてその必要性が大である。

更にいえば上告人のごとき製造販売業者にあつては原判決の説示するところとは逆にその代金取引のほとんどが手形によりなされている業界の実情から考えれば手形の消滅時効が三年であるのにその以前に原因債権が消滅時効にかかつてその原因債権消滅の抗弁により対抗されるとするのは、右商工業界における取引の実態を無視した法解釈であると断ぜざるを得ない。

三、さてところで上告人が生産者でないとして被上告人の主張する卸売商人或は小売商人に該当するかどうかであるが、上告人は右に述べたとおり物の製造及び販売を業とする会社であり単に物を販売する者ではないから、右のいずれにも該当しないと解すべきである。

因みに右主張はいかにも形式論的ではあるもこのような主張をあえてしなければならないゆえんは民法一七三条一号は買主が非商人の場合に関する規定であると解すべきであるのに最高裁判例が同条を買主が商人の場合にも適用を認めているからであるが上告人が原審において主張しているごとく帳簿関係が明瞭で証拠保全もよく行なわれている商人間の取引には右規定を適用すべきでない。でないと殆んどの会社・商人の債権は右規定の適用を受けて二年の短期消滅時効により消滅を余儀なくされる結果、右に述べたように商・工業界における法意識(商事債権については商法五二二条により消滅時効期間は五年とする意識が一般に普及)と著しく乖離することとならざるを得ない。

よつていずれにしても原判決は破棄さるべきである。

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